日記 diario 無意味(柄谷『反文学論』村上龍のこと)
更新が間遠なのには理由があるのだが、そのどれもがとくに他人に読まれる価値をもたないので、ここには書かないことにする。ただ、このサイトを作った際の自分を見返すと、必要のないところに文章を書きこんだことがあまりないからだろう、たかが気晴らしのはずなのに、無理にそこに意味を持たせようとしていたことがわかる。今後、そういうことはやめようと思った。意味があるかということは、自分がどうしたいかということと関係がない。
Kindle unlimitedがKindle+にリニューアルしたおかげなのか、講談社文芸文庫の文芸評論が軒並み無料で読めるようになっていたので、最近は暇な時間によく柄谷行人を読んでいる。言わずと知れた『日本近代文学の起源』や諸氏との対談も面白いのだが、時評が収められている『反文学論』はそれとは違い、普通に読むと面白くはないけれども、読み手の心を落ち着かせるようなところがある。それは、自分(たち)が現代の本屋やSNSを覗くたびにいつも薄々感じている倦怠が、べつに現代に限った話でもなく、ある種の人々にとってはネットの開闢以前からありふれたものだった、ということをあらためて...