2026-04

その他 altro

Marielle Macé, Parole et Pollution (マリエル・マセ「言葉と汚染」)——「絆の政治学」にむけて

 たしか学部3年の頃、コロナ禍が明けるかどうかという時期(「汚染」がテーマとなっている理由)にフランス語の授業で読んだエッセイです。先日パソコンを整理していたときに見つけて、あらためて読み直しました。2021年1 月28日の記事ですが、昨今の政治状況と考え合わせても重要な提起がなされているように思ったので、下に紹介します(元記事はフランスメディア AOC [Analyse Opinion Critique 分析・社説・批評])。  筆者は、言葉こそ現代社会において最も汚染された領域なのではないか、という仮説から出発し、言葉を世界への(あるいは世界からの)再関与の形式と捉えます。その関与のなかに、人間の責任とケアの可能性を見出します。こうした問題意識から、後半部では、詩の重要性が確認されていく、というのが趣旨になります。こう下手にまとめると優等生の小論のようにも見えかねませんが、さきを読んでいただければ、その主張の強かさは、確かめてもらえるのではないかと思います。  さて、まず彼女は言葉の「汚染」の証拠として、いくつかの実例を持ち出します。どれも、昨今の行政やSNS上にお...
音楽 musica

Gary Burton Quintet with Eberhard Weber, Ring, 1974.

 最近よく聞いている、春の夜にとてもよく合うアルバムです。パット・メセニーの最初期の録音としても知られていますが、取り上げられることはそれほど多くないんじゃないでしょうか。個人的には、ECM Records のなかでも指折りの佳品だと思うんですが。 〈メンバー〉 ・ゲイリー・バートン Gary Burton(ヴィブラフォン) ・ミック・グッドリック Mick Goodrick(ギター) ・パット・メセニー Pat Metheny(ギター) ・スティーヴ・スワロウ Steve Swallow(ベース) ・ボブ・モーゼス Bob Moses(パーカッション) ・エバーハルト・ウェーバー Eberhard Weber(ベース) 〈曲目(作曲者)〉 1. Mevlevia (Mick Goodrick)  2. Unfinished Sympathy (Mike Gibbs) 3. Tunnel of Love (Mike Gibbs) 4. Intrude (Mike Gibbs) 5. Silent Spring (Carla Bley) 6. Th...
詩 poesia

Cesare Pavese, I mari del Sud(パヴェーゼ「南の海」)

 パヴェーゼ(1908-1950)の生前唯一の詩集、『働き疲れて Lavorare stanca』の最初の一篇を訳してみました(1930年の作品です。死後70年が経過したため、著作権は切れています)。既訳もありますが(河島英昭等)、イタリアにいるため参照がかないませんでした。  詩の舞台はパヴェーゼの故郷、イタリア北部のピエモンテです。「私」の従兄は、田舎にはめずらしく、世界中を飛び回った過去をもつ中年の男で、かつて冒険小説に憧れた「私」(パヴェーゼ自身を投影)は、彼をいまでも慕っています。「私」の子供時代、親類から忘れ去られたこの従兄が、ふと一枚の葉書をよこしてきます。それは「南の海」からの手紙でした。  彼の小説を読まれた方はすぐ気づかれると思いますが、本作は彼の最初期の作品で、その後の小説のテーマが繰り返し立ち戻る基点となっています。ごく平明な、散文に近い筆致で書かれており、これは当代の詩潮からは大きく外れるものでした。本詩集は、第二次大戦後、イタリア詩が再び散文化してゆく過程を理解するうえで欠かせない参照点となっており、自分が最近この作品を読みこみはじめた理由も...
2026.04.24
日記 diario

太田光『向田邦子の陽射し』から

 いきなり不謹慎なことを申し上げて恐縮だが、もしあの世へ旅立ったら自分が泣いてしまう有名人って誰だろうか、と考えると、真っ先に太田光の顔が浮かんでくる。これはたぶん自分だけではなく、YouTubeのコメントなどを見る限り、彼のファンは多かれ少なかれみんな似たような心持ちで彼の姿を見ているんじゃないか、という気がする。なんでそうなのか、ということ、これは一言では言えない。時や場所をえらばず、どんな媒体でもパワーを全開にする人なので、かえって言葉にするのは難しくなってしまう。  ただ、『向田邦子の陽射し』という本を読んでくれさえすれば、こちらの言わんとすることは、おおよそわかってくれるのではないかと思う。つまりそれは、あなたが太田光をどう思っていようが、どうも思ってなかろうが、この本はとにかく輝いているということだ。これを読んでない人間が太田光をどう批判しても、あまり説得力はないと思う。  なぜそれほど輝いているか。まず、太田の魅力は、彼が自分にとってかけがえのない人について語るときにそれが一番くっきり現れる、というところにある(ラジオで彼が語る芸談などからも、そのことはよ...
2026.04.24
日記 diario

Banana Yoshimoto, Come un miraggio(吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』)——文芸翻訳について

  近所の書店(Feltrinelli)でピックアップされていたので、吉本ばななの新しいイタリア語訳(訳者は今回もGiorgio Amitrano氏)を購入しました。彼女の初期(1988年)の作品で、高校の頃に読んだとは思うのですが、あらためて。  四月のはじめにはイースター(Pasqua)で大学の寮が閉まるので、近所のルッカに遊びに行きましたが、『うたかた Come un miraggio』はその宿泊先で読了しました。こういう小旅行にぴったりだなと感じます。ただ、そのせいもあってか平日に読むとあまり気分がのらず、『サンクチュアリSantuario』はようやく今日読みました。  彼女の文章にほとんどいつもある、透明な風が身体を通っていくような感覚が、Amitrano氏のイタリア語だとより強く味わえる気がします。そう思ってさっき原文を見返してみたのですが、印象の違いにわりあい驚かされました。  たとえば『うたかた』冒頭の1)イタリア語、2)自分の耳に聞こえるその日本語訳、3)原文、4)原文のClaude訳を比べてみるとこんな感じです。 Arashi...
2026.04.24
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