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ネタバレ・コンプライアンス考

 私は作品のネタバレに関して、基本的にそんなことを気にする必要は一ミリもない、という(おそらくは過激な)立場をとっている。  これはネタバレを気にする当人を批判するつもりで言っているのではない。ネタバレを気にするかどうかが大問題だ、と考えているわけでもない。私は単に、これほど「ネタバレ・コンプライアンス」が働いてしまう認知的背景自体に興味があり、その背景に関しては、いくつか批判すべき点が見つかると思っているだけだ。この問題を取り上げながら、もっと多くの人と、気軽に作品についての話ができる環境を探してみたいのである(なお、以下では一般に「鑑賞」の対象となる作品についてのみ語る。たとえばゲーム作品は「プレイ」するものであり、「鑑賞」の次元がはじめから存在しないため、この限りではない)。  ちゃんと調べたわけではないが、「ネタバレ・コンプライアンス」がこんなに浸透している国は、日本くらいじゃないだろうか。海外の動画を見ていると、話し手が「ネタバレ(spoiler)したくない」と言う場面は見かけても、「ネタバレやめて!」と他人に言う場面にはほとんど遭遇しない。日本の場合、予防が...
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Marielle Macé, Parole et Pollution (マリエル・マセ「言葉と汚染」)——「絆の政治学」にむけて

 たしか学部3年の頃、コロナ禍が明けるかどうかという時期(「汚染」がテーマとなっている理由)にフランス語の授業で読んだエッセイです。先日パソコンを整理していたときに見つけて、あらためて読み直しました。2021年1 月28日の記事ですが、昨今の政治状況と考え合わせても重要な提起がなされているように思ったので、下に紹介します(元記事はフランスメディア AOC [Analyse Opinion Critique 分析・社説・批評])。  筆者は、言葉こそ現代社会において最も汚染された領域なのではないか、という仮説から出発し、言葉を世界への(あるいは世界からの)再関与の形式と捉えます。その関与のなかに、人間の責任とケアの可能性を見出します。こうした問題意識から、後半部では、詩の重要性が確認されていく、というのが趣旨になります。こう下手にまとめると優等生の小論のようにも見えかねませんが、さきを読んでいただければ、その主張の強かさは、確かめてもらえるのではないかと思います。  さて、まず彼女は言葉の「汚染」の証拠として、いくつかの実例を持ち出します。どれも、昨今の行政やSNS上にお...
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