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Marielle Macé, Parole et Pollution (マリエル・マセ「言葉と汚染」)——「絆の政治学」にむけて

 たしか学部3年の頃、コロナ禍が明けるかどうかという時期(「汚染」がテーマとなっている理由)にフランス語の授業で読んだエッセイです。先日パソコンを整理していたときに見つけて、あらためて読み直しました。2021年1 月28日の記事ですが、昨今の政治状況と考え合わせても重要な提起がなされているように思ったので、下に紹介します(元記事はフランスメディア AOC [Analyse Opinion Critique 分析・社説・批評])。  筆者は、言葉こそ現代社会において最も汚染された領域なのではないか、という仮説から出発し、言葉を世界への(あるいは世界からの)再関与の形式と捉えます。その関与のなかに、人間の責任とケアの可能性を見出します。こうした問題意識から、後半部では、詩の重要性が確認されていく、というのが趣旨になります。こう下手にまとめると優等生の小論のようにも見えかねませんが、さきを読んでいただければ、その主張の強かさは、確かめてもらえるのではないかと思います。  さて、まず彼女は言葉の「汚染」の証拠として、いくつかの実例を持ち出します。どれも、昨今の行政やSNS上にお...
日記 diario

太田光『向田邦子の陽射し』から

 いきなり不謹慎なことを申し上げて恐縮だが、もしあの世へ旅立ったら自分が泣いてしまう有名人って誰だろうか、と考えると、真っ先に太田光の顔が浮かんでくる。これはたぶん自分だけではなく、YouTubeのコメントなどを見る限り、彼のファンは多かれ少なかれみんな似たような心持ちで彼の姿を見ているんじゃないか、という気がする。なんでそうなのか、ということ、これは一言では言えない。時や場所をえらばず、どんな媒体でもパワーを全開にする人なので、かえって言葉にするのは難しくなってしまう。  ただ、『向田邦子の陽射し』という本を読んでくれさえすれば、こちらの言わんとすることは、おおよそわかってくれるのではないかと思う。つまりそれは、あなたが太田光をどう思っていようが、どうも思ってなかろうが、この本はとにかく輝いているということだ。これを読んでない人間が太田光をどう批判しても、あまり説得力はないと思う。  なぜそれほど輝いているか。まず、太田の魅力は、彼が自分にとってかけがえのない人について語るときにそれが一番くっきり現れる、というところにある(ラジオで彼が語る芸談などからも、そのことはよ...
2026.04.24
日記 diario

Banana Yoshimoto, Come un miraggio(吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』)——文芸翻訳について

  近所の書店(Feltrinelli)でピックアップされていたので、吉本ばななの新しいイタリア語訳(訳者は今回もGiorgio Amitrano氏)を購入しました。彼女の初期(1988年)の作品で、高校の頃に読んだとは思うのですが、あらためて。  四月のはじめにはイースター(Pasqua)で大学の寮が閉まるので、近所のルッカに遊びに行きましたが、『うたかた Come un miraggio』はその宿泊先で読了しました。こういう小旅行にぴったりだなと感じます。ただ、そのせいもあってか平日に読むとあまり気分がのらず、『サンクチュアリSantuario』はようやく今日読みました。  彼女の文章にほとんどいつもある、透明な風が身体を通っていくような感覚が、Amitrano氏のイタリア語だとより強く味わえる気がします。そう思ってさっき原文を見返してみたのですが、印象の違いにわりあい驚かされました。  たとえば『うたかた』冒頭の1)イタリア語、2)自分の耳に聞こえるその日本語訳、3)原文、4)原文のClaude訳を比べてみるとこんな感じです。 Arashi...
2026.04.24
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