その他 altro ネタバレ・コンプライアンス考(補足)
前回書いた内容について、おそらく自分に向けられたであろう(そうでなくても)鋭い批判を目にしたので、それをふまえて考えたことをまたいくつかメモしておこうと思う。ネタバレという主題からはやや逸れてしまうが。
とりわけ映像や書籍の場合、ネタバレがこれほど忌避されるのは、作品およびそれにまつわるプラットフォームの性質上、作品を生の芸能として体感させる言葉が流通しづらく、結果として鑑賞者が情報消費的な態度に落ち着いてしまうからではないか、というのが前回の主旨だった。これは議論構成として古臭いうえに脆く、もっと厳密に考えるべきであった。批判されるべき理由はほかにもあるだろうが、思いつくところでは、たとえ作品を情報の集積と見た場合でも、だからといって作品が体感を生まないとか消費されてしまうといったことにはならない、という意見が挙げられる。事前に漏れた情報を知っていると、作品の体感そのものが毀損されるのだという異論はありえる。こうした点について書かなかったのは、字数によるところもあるが、それ以上に、体感という言葉を、自分なりの前提にしたがって用いていたからだろうと思われる。
私は...